いつも、私は置いていかれる方だ。でも、彼の死に顔だけは見たくないと、常に思う。 刀を振って、血を払った。まだ、肉を断ち切った感触が腕に残っている。そのまま刀を鞘にしまうと、チリンと音が鳴った。 「なんでぃ、。そんなとこに鈴つけてると、早死にするぜィ。」 「……、どうも。」 ごし、と頬についた返り血を手の甲でぬぐいながら、沖田隊長が口を開く。 確かに、刀に鈴何てつけていたら、音で軌道が読まれる時もあるだろう。 沖田隊長から目を反らすと、可愛くねぇ奴。と頭に手を置かれて、そして離れた。 もし私が可愛い反応をしたら、貴方は私のことを見てくれますか? 返り血が気持ち悪い。周囲一帯に血の臭いが充満していて、目が眩みそうな気がした。 さっきまで人間だったものを見下ろして、私は身を翻し、沖田隊長の後に続いた。 染 み 付 い た 紅 「ただいま戻りました。」 屯所に帰ると、一番初めに局長の悲しい笑顔が待っていた。 3人。今日の討伐で3人死んだ。 当然それは、私たちが帰ってくる前に伝わっていて、よく帰ってきた。と局長が笑う。 でも、どこかそれは曇っていることを、誰もが知っている。分かっている。 屯所を出る前、副長に局長は屯所に残るように言われて、口論になっていた。 いつもなら、局長も一緒にでると言って聞かないのだけれど、 今日は、局長は足に怪我を負っていて、まともに歩けないのだから、いつもならそんなことはしないけれど、全員で副長の肩をもって言い聞かせた。 「、先に手当てして貰って来なせぃ。」 「ええええ!?ちゃん怪我しちゃったのおおお!?」 「え、あ、…はぁ。」 余計なこと言わなくてもいいのに。沖田隊長の馬鹿。 局長は驚いた顔で、私の両肩を掴むと、そう叫んだ。近い、近いよ、局長。 「あの、局長…、かすり傷ですから、大丈夫ですよ。」 「駄目です!るちゃん女の子なんだから、傷跡残ったら大変でしょおおお!!」 目の前で、くわっと目を見開いて、一人パニックを起こす局長。 本当にただのかすり傷。そこまで騒ぐほどのものじゃない。 一人、斬りつけた時に、不意打ちでもう一人が斬りかかってきたので、それをよけ損ねただけ。 左腕に、一筋、とても浅くだけど入っただけ。 「見てくだせぃ、土方さん。めちゃくちゃ困ってますぜ?」 「ったく、近藤さん。救護室連れて行ったやったほうがいいんじゃねーか?」 「だってトシぃぃいいいいっ!!」 だってなんですか。そんな局長だけ慌てたってしょうがないですよ。心配してくれるのは嬉しいですけど。 あーもー、いい、俺が連れてく。と副長がため息をつきながら言った。 じゃり、と下に敷き詰められた石たちが音を立てる。副長がついて来いと背中を向ける。 別に一人でも行けるのに。過保護だなぁと苦笑いを浮かべてその背を追いかける。 沖田隊長とすれ違ったとき、隊長が咳き込んだ。それに、私と副長が同時に振り向く。 「総悟。お前最近よく咳き込むな。大丈夫か?」 局長が沖田隊長を覗き込む。それに一歩沖田隊長が引く。顔近い、と言って引く。 「今年の風邪は長引いていけねぇや。」 「そうか、大事にしろよ?」 「大丈夫でさぁ。土方さん殺るまでくたばりやせんぜ。」 「総悟ぉぉおおおっ!!」 副長は、人の後ろで絶叫したあと、またため息をついて、救護室へと歩き出した。私もその背中を追う。 結核、という病気は、結核菌が細胞内寄生をして、体内の免疫システムが細胞ごと菌を攻撃するために、広範囲に組織が壊され、死に至る病気。と何処かの本に書いてあった。 肺結核は、全身倦怠感食欲不振体重激減。そして、37度前後の微熱が長期に渡って続くらしい。咳が疾患の進行にしたがって発症してくる。 風邪? そんな馬鹿な。 沖田隊長だって、分ってるはずだ。それがただの風邪じゃないことくらい。 ズキン、と、怪我などしているはずの無い胸が、痛んだ。 「副長。沖田隊長の具合は?」 あれから、数日がたったある日。隊長は稽古中に咳き込んだまま血を吐いた。 稽古の指導に当たっていた副長が、ひどく驚いた顔をして、隊長を担ぎ医者に見せたときには、もう手遅れだろう。不謹慎だけど、そう、思った。 私は早くに気づいていたはずなのに。 局長に告げ口でもしていれば、隊長は助かったかもしれない。そう考えて、なぜ動かなかったのか、自傷気味に笑った。さぞ、今の私は醜いだろう。 「副長?」 パタン、と副長が沖田隊長の襖を閉める。右手の拳が震えていた。 それを見て、自然と目線が細くなる。副長から目線を反らす。お盆に載せたお茶が冷えてしまう。 とりあえず、お茶だけでも置いてこようと襖に手を伸ばす。 「…………チャイナ…。」 襖の向こうから聞こえた、押しつぶすような小さな声に、手が止まる。 ギチリ、と心臓が軋んだ。 黒いものが、私を、蝕んでいく。そんなもの、消えてしまえ。消えてしまえ。 襖に伸ばした手を下ろす。 「もって、半年…だ、そうだ。」 地を這うような副長の声が聞こえた。泣いてしまえば、楽なのに。 この人もそうとう不器用な人だったけ。私に人のことを言える権利なんて無いけど。 瞳を閉じて、詰まった胸を撫で下ろした。 沖田隊長が死ぬ。 いざ、事実を突き詰められても、私は息が詰まることも、涙を我慢することも無かった。 なんて可愛げのない女だろう。愛情と憎しみは紙一重なんだろうか。 いっそのこと、彼がこれ以上誰かを想う前に、殺してしまおうか。 これは、きっと、恋なんて、綺麗なものじゃない。 こんな感情、消えてしまえばいい。 「副長。沖田隊長に、渡してくれますか?」 「………。」 「出かけなければならないところが、できました。」 「………ああ。」 副長。そんな顔して、隊長に会う気ですか? いっそのこと、泣いてしまった方が、そんな表情の鬼をみるより、隊長だって楽だろうに。 「お手数、かけます。」 チリン、と部屋においてきたはずの刀につけた鈴が、音をたてた気がした。 お盆ごとお茶を副長に押し付けて、自室へ向かって歩き出す。 ぎしぎしと、歩くたびに音を立てる廊下の音が、何故だか、胸から聞こえ出す。 万事屋さんのところの、彼女に教えるべきなんだろうか。嫌だな。それは。 隊長が苦しんでいることを知らずに、彼女は笑っていればいい。 わざわざ私が偽善を働く必要はない。きっと、そのうち誰かから伝わる。 彼女は、隊長が死ぬと分ったら、後を追おうなんて考えるのだろうか。例え考えたとしても、それは隊長が許すはずがないだろう。ならいっそ、二人して末永く居られるよう、私が二人を斬ってしまおうか。 そんなことをしたって、手に入ることなんてないのに。 誰か、こんな醜い私を壊してほしい。 消えてしまえばいい。この気持ちごと。 す、と自室の襖を開けて、パタンと後ろ手で閉める。 「っ…、ぅ、え。…げほっ、ごほぇ……っ。」 とたんに咳き込んで座り込んだ。ヒューヒューと喉のおくから音がする。 まだ昼間だというのに、締め切った部屋は暗く、膝を立てて顔を埋めた。 沖田隊長、知っていますか? 結核は………………………………感染病、なんですよ? 局長が見たら、何て言うかな。副長が知ったら、どんな顔をするんだろうか。 でも、一番貴方がどんな反応するんでしょうか。隊長。 そう、私なんか、この気持ちごと、消えて、しまえば、いい。 局長のすすり泣く声が聞こえる。副長の震える握り拳が見える。 隣では、監察の山崎さんが、うつむいて泣いている。 目の前には大きな遺影。少々サディスティックに笑った沖田隊長の写真。 この人の死に顔だけは、見たくなかったのにな。と少し思った。そういつでも私は置いていかれる側だ。 チリン、と頭の中で、あの鈴が鳴った気がした。 沖田隊長。隊長のお葬式に泣きもしない私をみて、貴方はまた私を、可愛くねぇ奴と、頭に手をのせてくれますか? 隊長、実はあの鈴は、隊長がくれたものなんですよ。覚えていますか? ねえ、隊長。半年とか言われてたわりには、1年も持ちましたね。神楽ちゃんのおかげかな。 また、あの鈴が頭の中で音を立てた。 葬儀が終わって、霊柩車へ、隊長の棺が運ばれる。 皆の気持ちとは裏腹に、澄み切った空が、すこし残酷だな、と思った。 いつものチャイナ服ではなく、黒い喪服に身を包んだ神楽ちゃんが、銀さんの抱きついて泣きじゃくっているのが見える。 局長は言わずも、山崎さんや原田さん、副長まで涙を見せた。 沖田隊長、貴方の存在はこんなにも大きいんだよ。 本当は、涙を拭くように持ってきたハンカチを、口に当てて、私は咳き込む。 山崎さんが、背中をさすってくれた。 咽ていると、突然口の中に生暖かいものが逆流してきて、目を見開く。 ハンカチを、口から放した。え、と横で山崎さんが驚いた声を上げる。 不審に思った副長が振り返った。 「?」 (どうやら彼の紅は私の胸まで侵食しつくしたらしい。) |