「ちょっとちょっとちょっとちょっとちゃーーーん!?」 風を切りながら走るスクーターに二人乗り。当然運転しているのは銀時で、あたしはその後ろに乗せてもらっている。 そんなたいしてうるさくはないけど、スクーターのエンジンの音と風の音でまともに声が聞こえないから、銀時は前を向いたまま、あたしに向かって大声で叫ぶ。 「お前、どこさわってんのーーーー!?」 「乳首―――――――!」 「だあああああああ!!でっけー声で言うな!!」 きゃ、きゃ、きゃ!と後ろで銀時のアレのあたりにしがみ付きながら、笑い声をあげるあたし。 飲み屋で職場の同僚と飲んでいて、デロンデロンになって手のつけようがなくなったところを同僚が電話したらしい、銀時がむかえに来てくれた。 「なんでお前そんなんなるまで飲んでんの!?こんなんまでなった見んの、銀さん初めてなんですけどー!!」 「B地区を弄られるのがですかー?」 「あたりまえじゃボケええええ!!経験あって堪るか!!ってそっちの話じゃねぇええ!!」 「ちぇー…。」 「なんなんだお前は!銀さんに経験あって欲しいわけ!?」 「いや、なまものはちょっと…。」 「なんの話してんだお前はーーーーー!?」 銀時のどなり声が前から聞こえてくるけれど、耳から耳へとすり抜けていく。 急に銀時の体温が恋しくなって、いやん、と胸のあたりにしがみ付いていた手をお腹に回して、ぎゅ、っと抱きついた。あんまり温かいと言えない広い背中に額を擦りつける。 「―――?」 「んー?」 「そのまま寝んなよ、落ちるぞー。」 「うん。」 ぴたり、と左ほほを銀時の広い背中にくっつけて、聞こえないくらい小さな声で呟いた。 「人の記憶が、読めればいいのに。」 だって。だってあたしは、銀時のこと、ちゃんと知らないよ。 だって、貴方は話してくれないよ、あたしに。 「で?なんでお前はそんなんなるまで飲んでんの。」 赤信号で止まって、銀時はあたしを振り返る。 今朝、いろいろあって万事屋から職場へ行くしたくをしていた時、偶然見つけた錆だらけの刀。 その日本刀の柄の部分はとくに黒く錆びていて、なにが染み込んだ後なのか、簡単に想像できる。 そういえば、とそこで思い出した。以前桂さんが言っていたこと。 「今日は、ヤケ酒だったからですぅー!」 ぶー、という口の形を作りながら、焦点の合わない眼で銀時を見る。 何故か、苦笑いと掌が下りてきて、わしわしと、人の髪型を台無しにして、スクーターを発進させた。 あたしは、銀時の一部しか、知りえないんだな、と。こいつは、あたしに一部しか見せてくれてないんだ、と。 あたしは、銀時から、銀時が攘夷戦争に出てたことなんて、聞いたことすら、なかったよ。と。 たとえばそれがお伽話のようであっても。 目を覚ますと、雪うさぎのような子供が覗き込んでいた。 その子は、あたしが目を覚ましたことに驚いて目を見開いた、けれど、あたしはその雪うさぎのような子供に目を見開いた。 「へ?」 どこかで、見たことのある、その雪うさぎ。 ぱちぱちと瞬きをする度に、視界のはずれをちらちらと横切るあの野郎。 どうすることもできず固まっている私をよそに、そのこはすっと立ち上がって障子をあけて、何かを叫びながら出ていった。 せんせー、とはじめのあたりを聞き取れた分、大人を呼んでくるんだろう。きっと。 とりあえず、寝たままでは対応ができない。と布団に寝かされた体を上半身だけ起こした。 ズキズキ、と頭が痛い。そしてなぜかそれがぐわんぐわんと頭に響く。あー、なんつーかこれ酔いすぎたわ。あきらかに二日酔いだ。 「…………。」 あたしいったい何時寝たんだ? ちょっとまて、昨日は久しぶりに自暴自棄になって酔いつぶれた後、銀時に送ってもらって…? あれ? いや、送ってもらってたんだよ、うん。わざわざ迎えに来てくれて。 うん。………え? でも、ここ銀時の家でもあたしの家でもない…? うん、ない。 うん、ない。 「いや、どこだよ、ここ。」 一人、布団の上で頭を抱えてもんもんと悩んでいる。 飲んだ後に記憶がなくなる、なんてこと、今まで一度もなかったのに、何度思い返しても銀時の背に頭を預けたところから記憶がプツンとない。 まさか、人が熟睡したことをいいことにどっかの出会い茶屋にほったらかされた、とか? いや、まさか、銀時にかぎってそんなことないし。そしたらさっきの雪うさぎはなんだったんだ? 桂さんの家だったりして。いや、あの人住所不定だったな…。 あたしの知り合いの家を銀時が知っているとは思えないし、知り合いの天井は記憶のはしくれくらいに、頭の中にはあるはず。 じゃあ、いったいここは何所なんだろう。 「あーーーー!もう!!」 一人叫んで、さっき起こしたばかりの上半身をもう一度後ろに倒して大の字になる。 考えたってしょうがない。何がどうなってるなんて、きっとこの先にわかることだ。後回しだ後回し。 考えることを放棄したとき、す、と顔に影が入って、首だけ動かして横を見た。 「どうやら、大丈夫のようですね。」 物腰柔らかそうな、長い白い髪の人と、その後ろにさっきの雪うさぎが大事そうに刀を抱えていた。 今までの奇天烈な行動を聞かれていたということと、今、自分がよその家の布団で大の字になっていることを思い出して、自分の行動を呪いたくなった。 なんでもっとこう、おしとやかにできないんだ。自分は。 その状態で硬直し、きっと真っ赤になっているだろう私の顔をみた雪うさぎが興味なさそうにへっ、と笑ったのにムカときたので、半分やつあたりも込めて、 「笑うな、雪うさぎ。」 へっ、とやりかえしてしまった。 すると、目を見開く雪うさぎ。なんだ、そんなにいけなかったかな、”雪うさぎ”。 しばらく、雪うさぎと視線を交わしているままだった、沈黙に、 上のほうから、くすりと笑い声が降ってきて、はっとした。 「〜〜〜〜〜〜っっ!!!」 しまった。この人もいたんだ。 ものすごい恥ずかしさがこみ上げてきて、バフッと布団をかぶってしまった。 足音が近づいてきて、すぐそこまでその人が来たのがわかって、おそるそろる顔を出してみると、にっこり笑ったそのひとが隣に座っていた。 「ずいぶん、元気なお嬢さんで安心しました。」 あわてて上半身を起して、その勢いでその場にパパッと正座をした。 くすり、とまた笑いが帰ってきて、なんとも、物腰の柔らかい人だぁと少し感動した。 世の中には、こんな人もいるんだな…、と思いながらペコリと頭を下げる。 「どうもよく状況が分かっていないのですが、お布団、どうもありがとうございました。」 「いえ、こちらも貴方が門のところで仰向けに倒れているのを発見したときは、驚きましたが、見たところ外傷はなかったので、寝かせておくことしか…。」 「いや、もうホントなんだかよくわからないのですが、お世話になってしまったようで、ありがとうございました。」 「こちらこそ、こんなことしかできなく、申し訳ない。」 「そんなそんな、十分です。ありがとうございました。」 うぅ、なんかこのままじゃ会話がつまる…。 誰か助け舟を出してくれないかなー?とちらりとさっきの雪うさぎに視線をむける。 まぁみごとに大きく、くわぁ〜と欠伸をして、興味なさげに突っ立っていた。 「あぁ、あの子が貴方のことを見つけてくれたんですよ。銀時、こちらへおいで。」 あぁ、あの雪うさぎ、銀時っていうのか……。 天然パーマに、紅い瞳。だるそうにしてる仕草。どっかの誰かとイメージがかぶるなぁ、なーんて。 「っはあ?」 突然大声をだして、雪うさぎを指さすものだから、二人とも驚いたけれど、そんなん考えてる余裕がない。 「銀時っ!?」 視線の先で目を見開いて驚いている雪うさぎ、もとい銀時が、 どうしてもあたしの知っている銀時と、同一人物のようにしか感じられない。いや、むしろそれはもう同一人物だろう、という確信が自分の中で芽生えていた。 「苗字は、坂田さんですか。雪うさぎ。」 ほけっとしている雪うさぎが、小さく縦に首を振ったので、 二日酔いで痛む頭に、さらにたらいが落ちてきたような、そんな感じがして、頭を抱え込んだ。 ははは、まさかそんなありえねー…。と思いつつ何所か、そういう状況だろうとしか言えないと考えてる。 自分の頭が導き出した一つの答えをどうにか否定しようと、ひとりもんもんと考え出す前に、隣が動いた。 「この子を、ご存じなのですか?」 『そういうことでしたら、寝泊まりの場所として暫くこちらをお使い下さい。子供達もきっと喜ぶでしょうし。』 なんてありがたい言葉を頂いてしまって、混乱。 松陽先生、どれだけ物わかりいいんですか。しかも、普通ありえないということをすんなり飲み込んじゃったし…。 自分でさえも、まだ否定したい、けど、頬を引っ張ろうが、手をかじろうが、柱に頭をうちつけようが、痛みはちゃんと感じて、夢でもなんでもない。 雪うさぎだけなら、まぁ、どっかの田舎に来ちゃったんだね、あは。なんかで終ったんだけどなぁ。 「吉田松陽…。」 貸してもらった部屋のすみっこで、体育座りをして、壁に「の」の字を書きながらボソボソと呟き、思考を巡らせる。 その名前は、あたしがたしか十代半ばで有名になった。本来は死んでいるはずの人間が、目の前に、さっきまで居た。 “俺達に生きる世界を与えてくれたのは、まぎれもねぇ、松陽先生だ” “松陽先生もきっとそれを望ん…” 不本意ながらも巻き込まれた高杉さんと銀時や桂さんの大喧嘩の時に、彼らは確かにそう言っていて、その時初めて、あいつも攘夷戦争に出てたことを知って。 “銀時が…、一番この世界を憎んでいるはずの銀時が耐えているのに、俺達に何ができる” ゴツン、と盛大な音をたてて頭を壁に打ち付けた。額がじんじん痛む、ついでに二日酔いの頭にガンガン響く。 あの、あの桂さんの言葉を聞いた時の絶望感を思い出して、またさらに凹んだ。 あぁ、あたし本当に何も銀時のこと知らないんだなって。 話のついでに桂さんから、3人が昔馴染みだってことを聞いて、その底流にあるのが”松陽先生”という名前。 で、その松陽先生とやらが、さっきまで目の前にいたわけで…。 「あ〜〜〜〜〜……。」 もう、なんだかわけわからなくなってきた。今度は壁に頭で「の」の字を書いてみる。 暫く、ごりごり、と壁に頭を擦ると、小さなボソボソとした音が聞こえてきた。 そのままごりごりと続けながら、全神経を耳に預けて、音の正体を見破ろうとして、 「あいつなにやってんだ?キチガイってやつじゃーねの?」 「コラ高杉、仮にも客人にしつれいというものが…。」 “高杉”に反応して、声が聞こえたほうにグリンと首だけ、すごい勢いでまわした。 ボキとか首が盛大な音をたてたけど、この際そんなん関係ない。 襖の隙間から覗き込んでいたガキんちょ2人が驚いて、手前に居た短髪の子は腰を抜かしてペタンと尻もちをついた。 つーか、今、確かに”高杉”と言った。いや、マテ。その前に、 「キチガイってなんだコノヤロー。」 誰かさんの口癖うつってるぞ、とか予想以上に低い声でたぞ、とかそんなん関係なく、ギロリと睨んだ。 おめーだけには言われたくねぇよ、高杉だけには。 うっ、と餓鬼んちょ二人が怯えた顔をしたので、睨むのをやめる。 目の前にいるのは、高杉さんだけど、高杉さんじゃないんだ。雪うさぎだって銀時だけど、銀時じゃない。 ぐだぐだ考えるのは止めよう、とりあえず、来ちゃったらしい。過去とやらに。 なら、それを受け入れるしか選択肢はないわけで、それを未来の知り合いといえど、彼らにとっては知りもしない大人が、八当たりをしていいもんじゃない。 「はぁ〜〜〜……。」 大げさに溜息を一つついて、気持ちを入り替えた。そしてニッと笑いを浮かべる。 とりあえず、今やるべきは、目の前の子ども2人の警戒を解いてやることだと、思ったから。 「キチガイじゃないよ。、。2人は?」 たまには、子供の相手をするのもいいかもしれない。 後半へ続く!→ |