もしもこの声が、君に届くならば、俺は何度でも呼び掛けよう
「・・・ー、起きろ」と。
例えるならばコイツは眠り姫といったところか。
・・・いやでも眠り姫ってヨダレ垂らして半笑いで眠りこけたりしないよな。
いやいや、ここは妥協しないと話が進まない。ということで彼女は言わば眠り姫
だ。
となると起こす立場の俺はさしずめ王子様といったところか?いい響きじゃねー
か王子様。
以前この話を数学教師の坂本にしたことがある(アイツはバカだからこういうバカ
げた話をするにはちょうどいいと思った)
賛同してくれるとばかり思っていたが、奴は高らかに笑った後、
『おまんが王子!バカなことを言いよるのー。せいぜいキリギリスがお似合いじ
ゃろ』
と罵倒しやがった。バカにバカと言われたことで、俺のプライドはズタズタにな
った。
それ以来、この話は誰にもしていない。
さて、話を戻そう。
勿論今日も例外ではなく、は俺の前で気持ち良さそうに寝息を立てている。
そんなに隙だらけだとチューするぞコノヤロー。
・・・え?王子じゃないからやめろって?今それ言ったヤツ後で職員室なマジで
。
「おーい起きろー。ったく、先生はお前を眠らす魔性のフェロモンでも出してま
すかコノヤロー」
「先生、先生が発してるのは加齢臭だけだと思います」
「マヨ臭させてるヤツに言われたくねーよ。ちゃんと拭いてこーい」
「違います、コレ香水です」
「マジでか」
教室内を見渡してみると、寝てるヤツ、堂々と早弁してるヤツ、求人情報誌を熟
読してるヤツ、
長髪のヤツとまあ、まともに授業受けようって生徒なんざ一人もいやしねー。自
習にしちまうかチクショー。
「先生、長髪なのは今関係ないと思います」
「え、お前って人の心読めんの」
「いや、なんかそんな予感したんで」
「そうかー、じゃあヅラを神楽ちゃんのパパに恵んでこーい」
「先生ー、それには及ばないネ。パピーにはワカメがあるヨ!アレを貼り付けと
けば大体うまくいくアル」
「足掻き方が間違ってるぞー」
「先生、地毛です」
・・・何だかめんどくさくなった俺は、教科書を閉じた。やっぱ自習にすべきだ
ろ。だって外晴れてるもん。
「えー生徒諸君、今から自習にすっから。そして先生は今から睡眠学習すっから
。邪魔しないよーに」
教室全体がざわめいた。自習に不満がある生徒はいないだろうから、おそらく歓
喜の声ばかりだろう。
前に置いてある椅子に腰掛けて、教卓に突っ伏すと、突然坂本の言葉が蘇ってき
た。
『おまんが王子!バカなことを言いよるのー。せいぜい
キリギリスがお似合いじゃろ』
今の俺はまさにキリギリスってか。たまには的を得たこと言えるんじゃねーか。
バカのくせに。
「・・・あー・・・無理・・・・・・もう食べられないよ・・・・・・・・・」
頭の方からの寝言が聞こえる。
きっとアレだ、なんかパフェに取り囲まれてる夢でも見てんだよ。さぞかし幸せ
だろーなオイ、うらやましいぞコノヤロー。
「全く・・・こっちの気も知らずに・・・」
そんな無防備だとチューすんぞ本気で。
心なしかそれを待ってるようにも見えるよね。OKサイン出てるようにも見えるよ
ね?
いーかなやっちゃっても。今なら誰も見てないかも・・・・・・・・・。
そろりと顔を上げると、目の前には制服のリボン、リボン、リボンとまぁすてき
な光景が広がっていた。
・・・アレ?なんでハーレム状態?
もうちょっと頭を上げると、志村妙の笑顔が俺を待ちかまえていた。
「先生、犯罪ですよ?」
眠りの森の
お姫様な君
と
キリギリス
な僕
(素敵な王子様だと許されて、愚かな怠け者には許され
ないというこのアイロニー)
志村姉、先生は何もしてないよ(まだ、ね)