今日久々に、辰馬が訪ねてきた。 一年ぶり位になるというのに、外見にちっとも変化が無いのはこの男の才能だろうか?私はその間に三度も髪形を変えたのに。 「久しぶりじゃのー!おまん、変わったのー・・・背が前より縮んでるぜよ」 あえて髪形ではなくもっとも気にしている身長に触れてくるとはさすがだ・・・ていうか縮んでないし! 「辰馬が伸びただけでしょ」 「そうかのーアッハッハ」 軽快に笑って、辰馬は私の頭をぽんぽんと撫でた。 ・・・コイツは鈍感だから、こうされることで私がどれだけ傷ついてなんてわかんないんだろう。 歳は一つしか違わないのに、子供だなって言われてるみたいな、そんな虚しさを抱いてるなんて、絶対知らない。 「で、今日はどうしたの?」 「ん?・・・おーそうじゃったそうじゃった!コレぜよ」 辰馬は一度外に出て、大きな大きなダンボールを持ってきた。 「何それ」 「いいビールが大量に手に入ったきに、おすそ分けに来たんじゃ」 「・・・それ、何本入ってんの?」 「15本」 「私、そんなに酒好きじゃないんだけど」 「んん?昔はよう飲んじょったきに、好きかと思っちょったぜよ」 正確には、当時飲み過ぎて太ったから控えてるんだけど。 でも、折角わざわざ来てくれたのに、受け取らないというのも失礼だろう。 「5本位なら貰ってもいいよ」 「んなら残りはわしが飲むとするかのー」 辰馬はリビングにどっかと腰を下ろした。そして一つ缶を取ると、プルタブに指をかける。 「もしかして、ここで飲む気、とか?」 「ダメじゃろか?」 「ダメっていうか、なんで?」 「久しぶりじゃき、積もる話もあろうが」 「でも明日仕事だし・・・」 「そんな固い事言わんと、一本だけでも付き合ってくれたら満足じゃき」 そう言って笑顔で缶を差し出されたら断れるわけもない。私はついに、観念して腰を下ろした。 「いい飲みっぷりじゃー」 「いやいや辰馬こそ」 元々ザルである私の周りには、既に空き缶が4個転がっていた。あとの一つは、まだ半分残っている。 そして辰馬の周りには9個、まるで売り物であるかのように整列していた。 「昔っからお酒強いもんねー」 「強くなんかないぜよ。こんな飲むのはヤケ酒だけじゃー」 「なんかあったの?」 聞いてから後悔した。自棄になるようなことなんて、仕事か女性関係ぐらいしか思い付かなかったからだ。 前者だったならば、話を聞くぐらいいくらでも付き合おう。 でももし後者だったならば・・・・・・・私は確実に耳を塞いでしまうに違いない。好きな人の恋愛話など、一体誰が聞けようか。 「大したことじゃないぜよ」 言って、最後の一本を喉へと流し込む。都合が悪いとき、言葉を濁すのは辰馬の癖だ。 私は特に言及することもなく、ただわしゃわしゃと彼の頭を撫でた。 少し固めのくせっ毛が、指の間を思いの外さらりとすりぬけた。 髪の毛にまでこうもあっさりとあしらわれてしまうのかと、私は小さく嗤った。 「頭を撫でられんのなんて何年ぶりじゃろーか」 辰馬は少し恥ずかしそうに笑って、私の手を頭から取った。 そして同じように、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「ありがとう、。少し気が楽になったぜよ」 「別に私は何も・・・」 「全く、素直じゃないおなごじゃ」 そんなの、自分が一番分かってる。直したくても直らないんだから仕方ないじゃないか。 私は少しムッとして、辰馬に背を向けた。 辰馬は苦笑すると、大きな身体を大の字にして寝転がった。 面倒な女だと、思われたのだろうか?彼は今、一体どんな顔をしている? 嫌われてしまうことだけは避けたい。かといって今勢いよく振り返るのも妙だ。 顔こそそっぽを向いているが、意識は背後に集中させていた。 少し経って、辰馬は小さく息を吐いた。 「・・・なんで、振り向いてくれんのじゃろ・・・」 小さく発せられた辰馬の切ない声に、私は胸をえぐられたような衝撃を覚えた。 これは、私に向けられた言葉じゃ、ない。 缶ビールを10本も煽った無防備な状態だからこそ、これは彼の本音なんじゃないだろうかと思う。 彼は今叶わない恋をしていて、その痛みを紛らわすためにここに来た。 ・・・いや、そんなんじゃない。きっと私に会うと本当に癒されるんだ。 妹のような、家族のような存在として、気負いすることなく接することが出来るから。 でももしそれが本当ならば、私はこの肩の震えをどうやって止めたらいいんだろう? 胸を締め付けるこの痛みを、どうやって消し去ればいいんだろう。 諦めなきゃ、きっといつか振り向いてくれるよ。そう声をかけようとしたが、音にはならなかった。 代わりに温かいものが頬を伝っているのに気づいたが、拭う気にもなれない。 お互い何も発することなく、部屋にはただ時計の音が響いていた。 半分残った私のビールはもう温んでいて、気を紛らわすのには全く役に立たなかった。 缶ビール10本の本音 私がもっと酔っていたなら、本音を伝えることが出来たのだろうか? いや、きっと、そんなことはありえない