パンッと音をたてて叩いた手がジーンと痛む。 頬を叩いた衝撃で中に散った溜まった涙の粒が、何故だかスローに見えて、その向こうでトシが頬を押さえているのが見えた。 溜まった感情は留まることを知らず、口からボロボロとこぼれ落ちる。 「何で!何で最後くらい好きだって言ってあげなかったの!!!」 「ミツはなんで自分を突き放したのかも、あんたがどんだけ優しいかも、知ってたんだよ!!!」 「そんなミツになんで最期くらい幸せ与えてあげったってバチなんてあたらないじゃない!!!」 叫び出た悲鳴のような声が最後の言葉を締めた。 握りしめた拳の中で、爪が食い込んだ痛みが、まるで今の私を表しているようで、……悔しかった。 反論しないトシに、私も言葉を亡くして俯く。 ポタポタと涙が畳に落ちる。 沈黙に耐えられなくなって、私は逃げた。 ミツが死んだと聞かされてから、急いで上京してきた。 なのに、この男はミツバの婚約者に武器密売の疑いをかけ、弱っているミツを見殺しにして婚約者を捕まえにいったのだ。 殴りたくなって、当然だ。と自分の中で言い聞かせる。 あの頃から、ミツはトシが好きだった。トシもミツのことを思っていた。 だから、自分が入り込むすきもないと身を引いていたのに。誰にも気づかせないように。 ミツが、トシが互いに幸せになってくれるのなら、それでよかったんだ。笑って送り出せたんだ。 なのに、なのに、 「一言、ただ伝えればよかったのに。」 今日はここで泊まるように、と用意された部屋で一人呟く。 そう、ただ好きだと一言言ってあげればよかったんだ。ミツに。 でも、ミツのことを思ってあえて言わなかったトシの気持もわかった。 だから、よけいに胸が苦しくなった。 親友がいなくなった痛みと、親友が味わった痛みを想像して。 だって、ミツは気づいていたはずだから。トシが絶対にそういうことをOKしないこと。 胸一杯に悲しみが広がって、私は声を殺して泣いた。 いつの間にか眠っていたらしい。障子の外はもう真っ暗になっていた。月明かりがほんのりと夜の空間を照らす。 カチャンと音が聞こえて、私は障子をあけて外に出た。 そこには、昼間、ぶん殴ったやつがひとり、月見酒をしていた。 「何、やってるの?」 「……みてわかんねぇのかよ。」 「わかるよ。」 お互い昼間のことがあってぎこちないまま、それでも私はトシの隣に座った。 一杯もらおうと空のお猪口をトシに向ける。 トシは黙って酒を注ぐと、そのまま自分のほうにも注いでぐいっっといっぱい飲みほした。 月明かりに照らされたトシの顔は、整っていて悔しいけど、少しかっこいいと思ってしまった。不謹慎にもほどがある。 「トシが、ミツを幸せにしてくれるなんてこと、本当はないんだと思ってた。」 「……。」 突然口を開いた私に、トシは黙り込む。 それでも私は話すことをやめなかった。どうせなら全部話してしまいたかったから。 「トシの考え方もわかってた。ミツの幸せを願って去ってったこと。ミツもわかってた。」 「だからね、私は潔く諦められたの。」 「私ね、トシのこと、本当は好きだったんだよ。」 お猪口にもう一杯酒を注いで、トシのほうにむける。 トシは黙ってお猪口を差し出して、私はそれに酒をつぐ。 「トシのこと、すきだったんだ。」 誰にいうこともなく、空に浮かぶ月を見上げる。 今日は雲もなく、星がままたく空に、その存在を強く表すように月が輝いていた。、 トシは何も言うこともなく、黙って私の言葉を待っている。 「ミツもトシも、その形が一番の相思相愛の形だと思ってたから。」 「私に、そこに入っていくことなんてできなかった。」 「ミツを思って突き放したトシのとった行動は、私には、一番綺麗な形に思えたんだよ。」 あなたはきれいだから そのまま二人、口を開くことなく、月に、夜に、酒に、酔っていった。 (ミツがうらやましいと思う半面、ミツのことがすきだったから)(身を引くことしかできなかった。) |