人の焼ける嫌なにおいが、強烈な赤い鉄の間を、掠めていく。 見渡す、いや、視界に入る範囲で炎上して煙が上がっている場所が十何箇所。 積み上げられた天人と人間の死体、黒く紅く染まった土の上。 茫然と、立っているあたしは、今、生きているのだろうか、とバカなことを考えて、少し笑った。 いったい何人が生き残って、どれくらいの天人が生き残ったんだろう。 あたしの視界をしめるのは死体の山と煙だけで、たぶん、天人、人、双方生き残りなんて数人なもんだろう。 相討ち。いたずら留唯に仲間を死なせに行くだけの勝敗の見えない、繰り返す戦。 きっと、天人と人間の間に、戦力の差なんてたいしてないんだろうと思う。 鍛え上げられた技と貫き通す意志と、機械文化に頼った戦力は、互角、なんだろうか。 いまさら、あたしが何のために、この戦で生き残ってきたのか、わからなくなった。 初めて、辰馬が言っていたことの理由が、解った気がした。 ……、、―! 「ん――?」 視界を開くとまず眩しさで白く染まった。 無意識に閉じたまぶたの上に腕をのせる。 あぁ、あれは過去の夢か。 そんなこともあるものなんだ、と何故か自分が妙な体験をした気分になる。 「、大丈夫か?」 あたしを呼んでいたのは辰馬か。 そろそろ目も慣れただろうと腕を外して、小さく瞳を開く。 すると辰馬は人の頬を親指で撫で上げた。 その行為に意味が分からず眉をよせる。 「泣いちょる。」 あぁ。あの、夢のせいか、と一人で妙に納得する。 別にどうってことない、と言い返そうと首を辰馬のほうへ向けた。 少し驚いて言葉が出てこなかった。 「、何かあったんじゃなか?」 この男には珍しく真剣な目で、眉が下がっていた。 何かあったのはお前さんのほうだろう? いつものお気楽がたかがこんなことで、ここまで気を落とすなんてありえない。 「何かあったのは辰馬のほうじゃないの?」 今度はサングラス越しにみえる辰馬の目が見開いた。 辰馬は、視線を左下にさげ、右手で頭をボリボリとかいた。 困ったときにやる辰馬の癖。 あたしは、上半身を今まで寝ていたソファーから起こして、座り直す。 あたしの寝ていた時の体制に合わせて、ソファーの前で地べたに座っていた辰馬を見下ろす体制になった。 あたしがソファーの端に身を寄せて、辰馬が座れるようにスペースを空けたら、それに従うように隣に辰馬が座る。 なかなか話し出そうとしない当たり、言い話ではないだろう。 それもきっと最悪な内容なんじゃないかと、そう思って、ソファーの背もたれにギシッと背中を預けた。 暫く沈黙がその場を征す。 「地球にいる仲間から今朝、連絡が入ったんじゃが…。」 言葉を濁すように沈黙を切ったのは辰馬だった。 嫌な予感というか、そういうものだけ当たるように感じて、天井を見上げた。 「高杉とヅラや金時が、港で大喧嘩ちゅーか、なんちゅーか…。」 毛玉頭をかく手は止まらず、辰馬の視線は下を向いている。 珍しく真剣な声で、何をどう伝えたら良いのか考えている辰馬なんて、久しぶりに見た。 あのバカ3人と同郷なあたしには、なるべく聞かせたくないんだろう。でも、 「殺しあった?」 「……っ…、簡単に言えば、そうじゃ。」 「……そっか。」 顔を思わず辰馬がいる方と逆にそらせば、辰馬の視線がこっちに向いた。 高杉とヅラが、反発しているってことはなんとなく耳に入っていたけど、 銀時がなんでそこにからんできたんだろう。アイツが戦争に参加した理由は、あたしと同じだったはず。 ぐるぐると胸の中でいくつかの負の感情が混ざりあう感じがして気持ち悪くなった。 「……?」 辰馬が心配そうな声であたしの名前を呼ぶ。 軽く裏切られた気分だった。 今度は仲間同士で殺しあいするなんて、何考えてんだよ、バカ野郎ども。 「……わかんなくなるよ、時々。」 「なんをじゃ?」 無意識にたまった涙が目尻からこぼれそうになる。 でも、辰馬になら泣き出したってきっとその能天気さで吹き飛ばしてくれるだろう、と辰馬のほうへ向いた。 その軽い衝撃で涙が一筋、頬をつたっていった。 「……。」 「何のために、この手を汚してまで、あたしは… いくつもの命を奪ってきたのか、と続くはずだった言葉を、辰馬に遮られた。 それ以上話さなくてもいい、と辰馬の胸板に顔を押し付けられる。 あたしは辰馬の服をすがり付くように強く握った。 「ごめん、落ち着くまで……。」 こうさせて、と言い切る前に、辰馬がひょいと人の体を持ち上げて、辰馬の膝のうえに姫抱きのように座らされた。 「辰馬?」 「この方が落ち着くもんじゃ、しがみついてもええぜよ?」 するっと辰馬の手があたしの背中を滑ったとおもうと、そのまま赤子を寝かしつけるようにポンポンと叩いてきた。 嫌だ。寝たくない。 感情のままに辰馬と視線を合わす。 今度は辰馬がちょっと困ったような顔をした。 でも、もう一度あんな夢を見たら…? 「。」 「背中やめて。やるなら太股かなんかにしろエロ毛玉。」 一瞬目を見開いた辰馬。 次の瞬間にはいつもように高笑いが部屋に響いた。 「なんちゅー誘い文句じゃ―!」 「誰もあたしのとは言ってないけどな。」 「なんじゃ、自分から誘ってきたくせに。」 「いやいや、あたしはただエロ毛玉と言っただけだ、毛玉。」 人の足を割ってズボンの上から撫でてきた手をつねりあげる。 痛い痛いと悲鳴をあげる毛玉。 なんか、もういいや、気がそれた。 立ち上がろうと腕にちからを入れようとして、辰馬に後ろのほうへ引っ張られる。 バランスを崩して二人してソファーに寝転んだ形になった。 どでん、とソファーに幅をとる辰馬の上にあたしが重なっている。 なにすんだてめぇ、と起き上がる前に頭を捕まれて辰馬の胸元に押し付けられた。 「昔、誰かが言っとったんじゃ。」 あたしが辰馬に体重をあづけたのを確認して、辰馬はあたしがソファーから落ちないようにと腰に腕をまわしてくれた。 辰馬の上で顔を左に向る。 「心臓の音を聞くと、落ち着くそうじゃ。」 右耳からトクントクンと辰馬の心音が聞こえる。 胸にできたあやふやなどろどろとした感情が、溶け出していく。 辰馬の心音はあたたかくて別の意味で涙がこぼれそうになって瞳を閉じた。 耳から全身を支配するようにあたしの身体にひろがる辰馬の心音が心地いい。 このまま、辰馬の中に落ちていけたら、と訳の分からないことが胸にわいた。 あたしはやっぱりこいつが好きだ。と薄れていく意識の中で思った。 雪のツバサ すーすーと自分の上から聞こえてくる寝息に困りきっている。 まさか、本当に安心しきって寝るなんぞ、誰も思わんじゃろ。 「はちゃんとわかっとるんかのぅ……。」 今にも自分の理性がヂリヂリと蝕まれていることを。 は会った時から男女の意識は薄かったからのぅ。 だからと言って完全に安心しきられるのも何とも微妙な気分になってくる。 「……ワシ、もしかして男として見られとらんとか……。」 あははははっといつものように笑って誤魔化した分、何故か空しくなる。 ほんに、そうじゃったら、わしはどうするんじゃろうか? 無理矢理でもこの手の中に納めてしまうのではないかと、そこまで考えて考えることを放棄する。 これ以上何かを考えるのは危険だと、頭のなかで誰かが信号を出した。 今にもが落ちないようにと腰にそえた手が動いてしまいそうで、自分の上で寝てしまったから目をそらす。 「……まるで毒のようじゃ。」 自分にとっては。 この体制のままではいられないと、一度ため息をついた。 を起こさないようにとゆっくり上半身を起こして、をソファーに寝かせる。 それまでの行動にだいぶ精神力を使ったと一息ついた。 眠りながら涙を流しているを見るのは久々じゃった。 金時のことを伝えようとの部屋に来ての姿を確認した時は、もうすでに伝わってしまったのかと、独りで泣きつかれて眠ってしまったのかと、まるで心臓が矢に貫かれたような、痛みがした。 目を覚ましたに当初の目的を一瞬忘れて心臓が跳ねる。思わず手を伸ばしてしまったことを今更後悔した。 「あいかわらず、なんもない部屋じゃ…。」 かけてやろうと思ってキョロキョロと部屋を見渡すが、毛布一枚見つからない。 そういえば、『仮眠とるなら別に仮眠室とればいいし、じゃなきゃソファーで上着被って寝る。』と以前が言っとったことを思い出した。 男女の意識が薄いんじゃのーて、自分が女だと言う意識が薄いんじゃな、は。 さらに辺りを見渡して見つけたを上着をそっとかけ、せめて毛布か何かをもってきてやろうと部屋を出た。 毛布やなんやらがしまってある倉庫はいったい何処にあったか。 ぐるぐる船内を歩いているうちに陸奥を見つけた。 「おー、陸奥―!」 「…………なんじゃ、毛玉。」 手を降って近づけば嫌そうな顔をされる。が、そんなんいつものことだと構いやしない。 じゃが、今日はわしのこと毛玉とゆーたかぎり、ちくっと機嫌が悪いのぅ。 「なんじゃ、陸奥機嫌悪いのぅ、あはははははは!」 「どっかの誰かが無線聞いたとたん、荷物整理放棄して何処かに雲隠れしよったからな、腹もたつのも当然のことじゃが?」 「だ、誰じゃのう?そんな仲間、海援隊におったかえ?」 「ええかげんにせんと、その股間ひねり潰すぜよ。頭。」 ギロリと鋭い目で睨まれて少しだけ怯む。 うっと言葉につまったわしをみて陸奥はため息をついた。 「私用か?」 「……ちくっとな。」 わしが指でちょっとという合図を市ながら笑えば、陸奥はもう一度深くため息をついた。 笠を深くかぶり直す陸奥。 「ほんで。」 「?」 「なんに、用があったんじゃなか?」 「おお!そうじゃった!!」 「…………。」 「がのう、ソファーの上で寝とったんじゃが、どーもの部屋に毛布や布団がないもんで、とりに来たんじゃけ……。」 「なら、頭の部屋から持ってくんが早いんじゃなか。」 「……は?」 「ほんなら、倉庫にとりに行くいくよりおんしの部屋から貸してやった方が早いと言うたんじゃ。」 「……ほがな手があったんか、気付かんかったのぅ。」 それでは、自分の臭いが染み付いたものをに渡すことになる。 は、嫌がったりするんじゃろうか。 いや、それは確実に嫌がるのではないだろうか。 「………………頭。」 固まっていると呼び戻すように陸奥の声が頭に入ってくる。 はっとした反応に陸奥がわざとらしくため息をついた。 「おんしらを見とると歯痒くてイラつくんじゃ、お互いわかっとるんじゃろう?」 「ええ加減にせぇ。他の奴等も心配しちゅーに。」 言い終わると同時にまたため息をついた。 わしはただ何も言えず一瞬固まった。 頭をフル回転して陸奥の言葉の意味を拾う。 瞬間、わしは笑い出しとった。 「もうとっくにバレとったか――!」 「当たり前じゃ。」 「今日の陸奥はため息が多いのぅ、明日は不幸ざんまいじゃ―!」 「誰のせいじゃ、誰の。」 あはははははは、と暫く腹のそこから沸き上がる抑えきらない。 バシバシと陸奥の笠を叩いて、陸奥の案にのってみようと背中を見せてかっこよく去ってみようとして、 下にあったコンセントの紐に引っ掛かって盛大に転んだ。 笠を叩いた仕返しとばかりに全身の体重で陸奥に踏み潰されたあと、服についた汚れを払って立ち上がる。 「悪いのぅ、陸奥。」 それでも、今はまだその時期じゃない。 いつもどうりに自分の部屋に行こうと足を進めるわしの背中を陸奥の鋭い視線が突き刺さった。 陸奥は鋭いき、気づいとるじゃろうな。 背中のほうからため息が聞こえてきた。 戦場でまだ刀を振り回していた時期を思い出す。 無意味な戦だと気づいたのはいつ頃からだったか。 自分の決意を伝えたのは、いつだったろうか。 高杉に散々怒鳴られ殴られかけたのを止めてくれたのがじゃった。 「……そん時はまだ、はわからんと言うとったか。」 自分の部屋に入りベットの上から毛布を一枚引きずり出す。 自分の臭いなんぞわかりはしないが、確実に染みこんじょるだろう は、どんな反応をするんじゃけんのぅ……。 拒絶だけはしないで、とわからないとわかっていながらその毛布を抱き締めて匂いを嗅いだ。 「……わし、おっさん臭かったりしてのぅ。」 思わず誤魔化すように出てきた言葉にさらに凹んだ。 わしはまだ、おっさんちゅー歳じゃなか。 ボーンと軽くへこみながらの部屋へ向かった。 自分も連れていけと言い出したのは、その次の戦のすぐ後じゃった。 揺れていた瞳に、暫く戸惑った覚えがある。 その次の戦で精神的にボロボロになったをかっさらうようにここへつれてきた。 を起こさないようにそっとドアを開け入ると、ソファーの上でくるまって眠っているがいた。 やっぱり上着だけじゃ寒かったんじゃのぅ。 苦笑いを浮かべて持ってきた毛布をにかける。 すると暖かさを求めるようにもそもそと毛布にくるまった。 心臓が跳ねる。 駄目だ駄目だと思いつつ、の眠っているソファーの下に腰をおろした。 ソファーの空いた部分に顔を預ける。 自分もこのまま寝入ってしまおうか、そう思ったとき、が口を開いた。 「……た、……っ……ま……。」 聞こえるか聞こえないかくらいの呟くような寝言。 思わず、が寝ていることを忘れて勢いよく振り返った。 もぞっと毛布のなかが揺れて、毛布に顔を埋めるを見た瞬間に何かが吹っ飛んだ。 「好きじゃ…、。」 そろっと髪を撫でる。 その手をスッと頬に下ろして、両手での頬を包んだ。 そのまま、の唇に顔を落とそうとして、 止まる。 まだ、その時期じゃない。 誤魔化すように唇をの額に押し付けて、から離れた。
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