ただ、そういう愛の形もあるのだと、誰かが言った気がした。
戦場において、これほどまでにも奇麗な死に方があるのだろうかと、思うほどに、
その光景は、きっと、俺の瞼に焼き付いて離れないだろう。






血の池地獄に咲く蝶

攘夷の過激派の勢いも衰え、つい先日あの高杉晋助の居場所を確認した。
監察からの報告によれば、何かを待っている様子で、作戦でも練っているようだったときた。
これは絶好のチャンスとして、2日前会議を開いて、全員一致で突入することになったが、そのとき、一人だけ手を挙げて発言権を待っていたやつがいた。
そして、今、稽古場でと総悟が木刀を交えている。

『高杉の首をとるのは、私にやらせて下さい。』
会議の最中、そういったに、いつの間にか忘れていた入隊の時の面接を思い出す。
攘夷戦争で名をはせていた彼女が、なぜ、幕臣側にわざわざつくのか、初めは全員が全員、疑っていたな、と、当時はかなり組内で嫌がらせを受けていたことがあった。
それでも彼女は昔仲間だったであろう攘夷を掲げるテロリストを躊躇なく切り捨て、中にはの名を呼ぶものもいたが、やはり彼女は戸惑いもなく切り捨てた。
そんなをいつの間にか、攘夷派の連中は寝返った裏切り者と呼んだが、は気にもとめない様子でいつも彼らの先を視ているように剣を交えていた。
そういうの振る舞いか、月日が流れたせいか、今ではすっかり組に馴染んでいる。
初めはやはり元攘夷活動をしていた、ということで面接や戦力になるかどうかの試験は俺が担当した。
その時、あいつは確かに言った、『これ以上汚れて欲しくない人を自分の手で終わりにしてあげたいんです。』
言われた当初はただ、なんのことだかいまいち理解が出来なかったが、今になって理由が分かった。
アイツが言っていたのは、高杉晋助がこれ以上の罪を重ねる前に、自分の手で殺すということだと。

「…ッチ。」

総悟の舌打ちがやけに道場に響いた。
汗だくの総悟に対して息ひとつ乱していない
それに、はまだ、攻めの一歩も踏み出していない。

「…近藤さん。」
「なんだ、トシ。」
「裏切り者と呼ばれてまで自分の手で殺したいっつーのは、なんでだかわかるか?」
「そーだな……。」

お互い、試合から視線をそらさず、口を開く。
近藤さんが呟いたその後に、が一歩踏み込んで総悟の懐に入る。
そのままは、片手で総悟の木刀を吹っ飛ばし、試合は終了した。

「……何かあったんじゃないか?」
「……その何かが知りてぇんだよ。」
「そんなこと言ってもなぁ、トシ。それは本人にしかわかんねーんじゃねーかな?」

その後、試合終了の合図と共に、は俺のほうを見る。
これで、高杉の首をとる役は自分になりましたよね?と何故だか鋭い視線で言葉が伝わってきた。
異存はないと頷けば、は何時ものように笑う。

「何でィ、今まで実力隠してやがったのかィ、。」
「いや、そんなことないですよ? 斬り合いの時しか本気出せないから。」
「……戦場じゃねーと実力出せねぇってまさに『狂い咲き姫』じゃねーかィ…」
「そうですよね、我ながら思いますよ。その二つ名合ってるなって。」

手拭いに顔を埋めて汗をふく総悟とあははははっと笑いながら話す
『狂い咲き姫』
攘夷戦争時代のにつけられた、その名を知らないものはいないというくらい、攘夷派の連中の中では有名だったらしい。
確かに、女が戦場で活躍するなんぞ、時期外れに咲いた花みたいなもんだ。

「……なんでそんなに"高杉"に執着するんでィ?」
「うわ、またこれは直球で来ましたね……。」

にしては珍しい苦笑いを浮かべて、少し考え込んだように暫く時間がたった。
そしての視線は何処か宙にあって、その瞳に強い意志を宿して口を開いた。

「誰にも、アイツの首だけはとらせたくないんですよ。私以外には。」

心なしか、何時もより低いの声に
試合を見に来ていた隊士たちがざわめいた。
はそんな隊士たちのほうを向いて、寂しそうに笑った。

「高杉の首、とってきたら話しますから、それまで待ってて下さいよ?」

初めてのその哀しみに満ちた笑みに、皆呆気にとられたが、
その時はまだ、その笑みに含まれた本当の意味は知らずにいた。


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