沖田隊長と試合をしてからすぐ、突入に必要な道具の準備にかかった。
私もそれに参加しようと倉庫に向かう途中に副長に声をかけられて、

、お前はこっちの作戦会議に出ろ。」

首根っこをひっ捕まれて後ろに引きずられたまま会議室に連れてこられた。
ぽいっと投げ入れられ、暫くそのまま寝転がる。

「酸素が足りない〜…。」
「何、情けねぇこと言ってんだ、早く座れ。」
「副長がずっと首閉めたまま引っ張るからじゃないですかぁ!!!」

うへーと寝転がったまま、部屋を見渡すと笑ってる隊長達がずらっと座っていた。
ぼて、と頭を畳に預ける。

「おい、コラ総悟。」
「ぐべぇ――――!」
「なんでィ、蛙がつぶれた音しかしねぇや。」

沖田隊長が人の背中に座ってきて、変な声を出しながら、暫くそこで撃沈していた。
せんな私を無視して副長は今回の突入作戦の内容を話していく。

「ようは、が高杉の元にたどり着けるように片っ端から片付けていけ、は俺と共にその間を抜けて高杉のもとへいく。」

最後に今回はあの過激派の鬼兵隊を潰すチャンスだ生半可な気持ちでなんて動くなよ!!!と怒鳴って解散となった。
会議中ずっとつぶれたままの私を副長が呼んだので、右手の親指でOKサインを作ると、刀の手入れをしておけよ、と一言言ってどっかに出ていく。
誰もいなくなった会議室で寝返りをうち上を見上げる。

「晋助……。」

小さく呟いた名前がまわりの雑音に散っていく。
晋助は分かってくれるだろうか、きっと分かってはくれてないだろうけど。
でも、私が攘夷戦争に参加したのも、彼や彼らだけの手を汚させたくなかったからだった。
それが私自信のエゴでも、もうこれ以上晋助に手を汚させたくなかった。
いつからだろう、こうやって考えるようになったのは、
晋助が戦争後、背負ってきた罪を一緒に背負って行こう、と。
あぁ、今の私は完全なエゴイストだと思って笑った。もう、これ以上足掻いたって世界は変わらない。
晋助がこれ以上苦しまないように、それもただの私のエゴ。今の私は、完璧にエゴの塊だろう。

ごめんね、晋助。

そろそろ思考を入れかえて、刀の手入れをしようと起き上がった。
突入は今日の夜、いや明日の朝2時ジャスト。
最近はあまり使うことがなかった、攘夷戦争時代に使っていた他の刀より少し短い愛刀を、取り出しに部屋に戻る。
襖を開けて押し入れを開ける。一番始めに目に入る愛刀。
使わないながらも手入れはしていたから、刃先を確認するだけで大丈夫だろう。
漆黒の記事に桜を散りばめた袋から出す。
一般の刀より短いくせに一般のそれより少し重たい。

「狂い咲き姫。」

そう、我ながら似合いすぎると思う。
私はもう狂ってる………晋助に、
いや、自分のエゴイズムに。






血の池地獄に咲く蝶

突入準備が整い、突入のタイミングを謀っている。
短刀を握りしめて息を吐いた。
武者震いだろうか、指先が震える。
晋助を追いかけてどれくらいたった……?
その時がやっと来たんだという喜びもあったのかも知れない。
もう一度愛刀を握りしめて目を閉じて息を吐いた。
ゆっくり瞳を開くと同時に副長の突入の怒鳴り声が聞こえる。
走り出す私の後ろで、まるで獣のような目でさァと呟いたのが聞こえた。



下にできた屍と血溜まりの地面に立って、
刃についた血を振って払う。

「『狂い咲き姫』の……。」

来島また子がこっちに焦点をあてて二丁拳銃を構えて、呟く。
下手に動くと撃たれてしまいそうだ、と肩をすくめた。まるでバカにでもするように。
だって完全に瞳が怯えきっている。私は今、そんな猟奇的な目をしているんだろうか。

「……そんなに怯えなくたっていいよ。」
「……っ。」
「晋助は……、この奥に居るんだね。」
「……なんで!なんで晋助様を殺そうとなんてするんっスか!」
「…………。」
「今も!晋助様はあんたのこと想っているんスよ!!!」

泣き叫ぶような悲痛な言葉が、胸に硝子の破片のように突き刺さる。
そんなのお互い様だ。

「晋助様は!あんたが戻って来ることをずっと!ずっと待ってるんスよ!!!」

知ってるよ。

「なのに!なんで真選組になんかにいるんスか!!!」

ついに泣き出した来島また子の瞳からこぼれる涙の一粒が、まるで晋助の涙のように思えた。
泣けないあいつの代わりに、この子はこんなにも彼を想って泣いてくれるのか。
いい仲間を持ったね、と思いながら、そんな彼女に嫉妬した。
素直に彼を想って泣ける彼女の純粋さに嫉妬する。
このまま彼女を斬り殺してしまおうか、と最悪の考えが頭をよぎる。

!!」

斬り出そうと踏み切る前に、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
副長の声に来島が副長に拳銃を構え直した所で、来島の懐に飛び込んだ。
瞬時に刃のむきを変えて刀の峰で来島の手首を下から強打する。

「ごめんね。」

そう小さく呟いて来島また子を越えて奥へと走り出す。
副長の怒鳴り声が聞こえるけれど無視をする。
その後に銃声が聞こえた。
副長は暫くそこで来島相手に動けないだろう。
時間稼ぎをしてもらわないと困る。
もうこれ以上先には人が居ないだろう、晋助へと続く道を走った。

暫く走った所で壁に寄りかかる万斉を見つける。
自然に足がスピードを落として、ゆっくり歩いて彼に近づく。

「あいもかわらず、殿はいつも、哀しいラブソングを奏でているでござるな。」

そういって万斉は苦笑する。動く気配もない。
一歩、足を進めた。

「…………晋助は……?」

万斉は視線を奥の襖に向ける。

「……止めなくていいんだ。」
「晋助からそう言付けを預かったでござる。」
「…………期待には、添えないよ。それでも行かせてくれるの?」

万斉は縦に頷く。
なぜ?と視線で問いた。

「……晋助も同じ歌を奏でているでござるよ、殿。」

"誰かを待っている様子だった"山崎くんの報告を思い出す。
あぁ、そうか、晋助は私の事を待ってたんだ。

「万斉。」
「なんでござるか。」
「副長が来たら、暫く足留めして欲しい。」
「承知した。」

ごめんね、ありがとう。と笑って万斉の横を通り抜けた。


カツンカツン、と歩く音が響く。
暫くしてせれもとまり、襖の前にただ棒立ちをしている。
一度小さく深呼吸をして、口を開いた。

「……晋助?」

返答がない。
この奥で何をしているんだろう。
襖に額を預けて、もう一度、名前を呼んだ。
すると、奥で立ち上がる気配がしたので、襖に手をかける。開けるのに、少し戸惑った。
晋助と私の利害は一致している…?ということなんだろうか。さっきの万斉の言葉は。

「入るよ。」

ゆっくり、襖を開ける。
部屋のど真ん中に、晋助が刀を構えて待っていた。
ズキンズキンと胸が痛む。利害なんて一致なんかするわけない。
せれでも、たとえそれがエゴでも、私にはやらなくちゃならないけとがある。

「……なんで顔してんだ、。」
「そういう晋助こそ、なんて表情してるかわかってる?」

部屋に入ると後ろ手で襖を閉めた。
これで二人っきりの世界になる。
一歩一歩、静かにゆっくり晋助の元へ近づく。
愛刀は聞き手に握り締めたまま。

あと一歩、と踏み出した時、



部屋に刀が重なる音が響いた。



直後、刀の根元から折れた刃が、私の背後につきささる。
晋助の刀の刃を、私の刀が峰で受け止めたせいで、刃にヒビが入って割れた刃先が吹っ飛んだ。

「弱くなったね、晋助。」

全戦を引く、というのはこういうことなんだよ。
あの戦争が終わってから、晋助は人殺しはしてきたかもしれないけれど、戦争は、しかけても、してもいないでしょう?
どう幕府を壊していくか、そういう算段しかしてきてないでしょう?
だからこそ、私は、あの時の力を保持するために、真選組に入ったんだ。
晋助をただたんに、この手で殺すことなんて、どこにいてもできることだ。

「最後のあがきは、これでもう終わり?」

晋助は言葉に詰まったまま、動かない。
うつむいたままの表情は、今の私にはわからない。
それ、なら、

「触れても、いいよね?」

独り言のように、いや、独り言を漏らしながら、晋助の髪の間から手を入れて、片手で顔を包みこんだ。
思ったとおり、その表情は哀しみに満ちていて、絶望に満ちていて、私の瞳から涙が落ちる。
きっと、おそらくはきっと、なんでお前が泣くんだ。と言おうとして開いた晋助の唇に、小さく、重なるように唇を重ねた。
ゆっくりと、重ねただけの唇を離して、視線を絡めた、お互いの視線は哀しみと終わりを告げていて、それこそ、最後だと、私は晋助に身を預けた。

「ねぇ、晋助。」
「……なんだ。」
「晋助が望んだ先に、何があった?」
「……今更になってわかりきった事、聞くんじゃねぇ。」
「結局は、世界は受け入れてくれないんだよ。」
「……あぁ。」
「なら、もう、これ以上絶望を視る前に、逝こうよ、晋助。」
?」
「受け入れてくれないのなら、私たちが受け入れないまま消えてしまえばいい。」

ひとすじ、ひとすじ、涙がこぼれていく。
今度は、その涙を掬うように晋助が、親指で私の涙を撫でて、そのまま、唇を、今度は深く、重ねた。

好きだよ、好きだよ、好きだよ。晋助。
愛してるなんて言葉じゃ表わしきれないほど、貴方を想ってきた。そして、今も、ずっとずっと想ってる。

どちらとも言えない涙が頬を伝って、それでも、何度も何度も唇を重ねた。
確かめるように、お互いの離れ合っていた時間を埋めるように。決して甘いものだとはおもわなかったけれど、苦くて、苦しくて、それでも、どこかお互いが溶け合う感触を味わった。

そして私は、自分の愛刀と共に、晋助の首に手をまわす。
晋助は、私の腰と頭をしっかり支えて、それでも、私が刀を晋助の背中にあてたのに、抵抗はしなかった。
そのまま、晋助の左肩に刃を当てて、ぐ、っと手前に引く。
晋助の体が、どん、と揺れた。
そのまま、刀に力を入れれば、私の愛刀の刃が晋助を深く貫いていく。

それでも、重ねて、離れない唇から、鉄の味がした。

深く、深く刺さっていく、愛刀の感触を腕で感じながら、
ピタリ、と晋助の体に、自分の体と空間ができないように、体をくっつけた。
もうすぐで、貫通するであろう刀の刃に、今度はさっきよりも勢いよく、力を込めた。
刃先は晋助を貫通して、私の腹部に突きささる。そのまま、もう一度力を込めて、今度は自分の体を貫いた。

そこで、やっと唇が離れて、視線が交わる。

「『死ぬ時はお互い一緒に。』…、だっだか?」
「『誰かに殺されるくらいなら、晋助に。』でもあったよ。」
「……、そっちのほう、は、守ってねぇだろーが。」
「ん、ごめっ……。」

そう言って、二人してその場に崩れた。
私の背中からはみ出した刃先が、畳に突き刺さり、晋助が私に体重を預ける形になる。
それでも、私は晋助に体重を預けて、無理やり抱きしめあた形を膝をついた形で保った。
それも、いつまで続くか、わからないけど。

晋助の肩に頭を預けて、晋助は私の背中に手をまわしてくれて。
お互いの重なりあった傷が、二人で一つの曲を奏でて。

「……二重演奏のこと、何て言ったっけ、……。」
「何、バカなこと、言ってんだ。」
「だって、……こうしてると、心臓が、ひとつになったみたいに……、思って。」

体が、だんだんと鈍く、重くなっていく感覚。
これが、『死』なら、戦争後のあれは何だったんだろうね。

お互いの空いた手を、指を、しっかり絡めて薄れていく景色の中で、晋助が笑う。
そんな晋助に身を委ねて、もう見えなくなってきた視界で私も笑った。

「幸せだね、

呟いた言葉は言葉にならず、闇の中へ落ちた。








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