足元を弾丸がかすめていく。は無事、高杉のもとへたどり着いただろうか。 「赤い弾丸」の来島また子が放つ銃弾を避けながら、ここをどう回避してに追いつくか考える。 下手に飛び出れば、打ち抜かれる。かといってこのまま、壁を盾にしていることはできない。狙うとしたら、奴が弾をこめなおす時だ。 ただ、何故来島は、泣きながら戦っている? 油断が一瞬でも命取りになるこの戦場で、その瞳から涙が止まることがなく、それでも焦点はぶれず、発射される弾丸は確実に俺の心臓をねらってきている。 は、確実に高杉に近づくことができただろうか。 カチンカチン、と弾がなくなったことを知らせる音が響いた。 血の池地獄に咲く蝶 瞬間飛び出した体は、弾を詰めようとする来島また子を壁に叩きつけ、刀の刃を首に押し付けた。衝撃に耐えている来島は瞳をぐしゃりとつぶって、次の瞬間には俺を睨みつける。「を、を知っているか。」 「誰が真選組なんかに、教えるッスか!」 「答えろ。あいつはどこに向かった。」 「少なくとも、この世じゃないところでござる。」 突如聞こえた男の声に、左腕で来島の鎖骨あたりを押さえつけて声がするほうへ、刀の刃を向けた。 暗闇で視界の悪い中、現れたのは人斬りといわれている、河上万斉。 敵意はない、というように両手をあげていた。それを確認した瞬間、隣で声をあげて来島が泣きだす。 時折聞こえる嗚咽、刀の刃先を河上に向けたまま、この状況をどう理解しろと言うんだ。 わけがわからない。 「説明しやがれ。」 この世じゃないところ、だと?ふざけるな。 お前が殺したのなら、なぜ俺に降伏する必要がある。は、はどこに行った。 「は、どこに行ったんだ。」 自然と声が低くなるのが自分でもわかった。怒りで声が震えていたことも。 すると、両手をあげていた河上の片腕が、建物の奥を指差した。 「話すよりも、直接見たほうが理解るでござろう。」 ついてこいとでも言うように俺に背を向けて歩き出した河上のあとを、追うか追わないか迷う。敵の罠という可能性のほうが大きい。 けど俺は、何故かついていこうと体を動かす。押さえつけていた腕をのければ、来島が泣き崩れた。頭では罠かもしれないと思いつつ、そうじゃないと心の隅で思っているらしい。 刃先を河上の背中に付けながら、建物の、奥へと足を進めた。 奥へ行けば行くほど、血のにおいが濃くなっていく。 嗅ぎ慣れた臭いとはいえ、体にねっとりと絡みつくような臭いに思わず鼻をふさいでしまいたかった。 前方の河上の足が止まった。 目の前には閉じられた襖の部屋が一つ。どうやらこの臭いの発生源もここらしい。 河上は一度、俺を振り返って確認すると、自傷するように笑い、襖をあけた。 呼吸を忘れた。 血だるまの池の中心に、寄り添うように死んでいる恋人が二人。 それはまるで二人で一つ、とでもいうような蝶の羽に見えた。寄り添う二人を貫く一本の刀はまるで、標本にさすピンのようで、 お互いがお互いの肩に頭をのせ、これまでの時間を埋めるように、そこだけ時間が止まっていた。 「……?」 振り絞ってやっと出た声は、信じられないくらいか弱い声だった。 仮にも、こんな血だるまな部屋を奇麗だと、心底思う自分がいることに、河上の笑みの意味が分かった気がした。 誰かが描いた恋愛小説の最後のような、それを一枚の絵に閉じ込めたような、この景色に自分の時間まで奪われていく。 気がつけば、握った刀は地面に落ちていた。 「何やってんでさぁ!土方さん!!」 追いついた総悟の声で、はっとした。 あたりを見回しても、河上の存在は、そこにはなかった。 隣に足を止めた総悟が、部屋の中の高杉とを見て息をのむのがわかる。 総悟の口が、小さく声を紡いだ。 「まるで、蝶のようでさぁ。」 あぁ、そうだな、と心の中で相打ちをうつ。 きっと誰もが魅せられてしまうだろう、戦場で、こんなにも美しい死にかたがあったのだろうか、と。 隊服の中から煙草を取り出して、火をつけた。 「おい、総悟。ここに来る途中までに来島は居たか?」 「……山崎が連行していきましたぜぃ。」 「そうか。」 なら、もうここに用はない。戻るぞ、と一言総悟に声をかけて火のついたままのタバコを部屋の中に投げ入れて捨てた。 火が燃え移り、建物全体を覆う前に、退避するぞ、とゆっくりその部屋から離れる。 俺の後ろを、総悟がついてくるのを確認しながら、燃えゆく蝶の部屋を、去った。
(それは一生頭にこびりついて離れないだろう)(自分はあれほどまでにきれいに死ねるとは思わないが) |